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 虎の奴は実に横着で在り、偶に車停めから呼んでくるがその様な物、姉貴の部屋に居れば気付く事も出来るが父君とTVを観賞しておる時など聞こえやせぬ。況してラーメン屋の話で玉砕してからは業腹でもある。
 亡霊も我輩には「才能が無い」とばかり笑うが何時か我輩に於ける怪談の才能が発揮される事もあらうと考えるのみだ。

 「おい、ジョルジュ」
 マルの声がする。彼は丁寧に玄関先まで迎えに来るのだがうつかり姉貴に出くわすと逃げてしまふ。
 今日はいんてり屋で旨い物を食ってきたとの事、訊くとそれは我輩がよく貰っている鰹の燻製のやうだ。ちなみにこのいんてり屋と云うのはインテリではなくインテリアの事務所の様で、マルはそこの親爺と申しておったが髪が極端に短い上悪声ではあるが女人がおられる。
 虎の奴は我輩を美形と見紛うたし我輩とてマルをさう思ったのだから人間も一見では解らぬ所だ。
 「ふうん、お前ん家の姉ちゃんは良いものを食わせてくれるんだな。グルメとみた。森の爺などは安いカリカリばかりよ」
 「グルメかどうかは知らぬがマル君も姉貴から逃げずに居ればよかろう」
 「人間はいけない。俺様でも勝てぬ所よ」
 斯様やたらと勝ち負けに拘る辺り、マルは姉貴と似て居るのではないか。其処で亡霊から聞いた姉貴の話をしてみた。
 「上手い事言っている心算かも知れんが亡霊の話は抜けてるな。百人おれば十人から好かれておけば満足と云うが人間たら生きて居れば千人も万人もの関わりがあるだろう。それでも十人から好かれて居れば満足なのか?俺は其処迄オプチミストじゃない」
 「なんだい、そのオプチとかは」
 「能天気って事よ!俺様は好かれようなんて思っちゃいねえ、相手が居ればのめしてやるばかりよ」
 然し君は我輩を、と云いかけた所で郵便屋がやって来、マルはとっとと去って行った。