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 煙草というやつは、矢張り臭い。
 父君は矢鱈と火を点けてはもみ消す、指幅2本分程より少し喫われておるかどうかでくしゃりだ。そしてご愛用の大きな灰皿が一杯になるとヴェランダの植木鉢に捨てられる。その事には母君も意見する。
 「パパ、こんな所に吸い殻を溜めては臭いばかりですよ?」
 「栄養になるかも知れん。煩い」
 父君が煩いと申されてはそれ会話なり何なりの終了であるが、母君はこれ見よがしに塵取りに吸い殻を拾うては何処かへ捨てに行かれる。然し吸い殻がそれも枯れた植木鉢の栄養にならうと云う父君の意見には少々恐れを感じた。よもや我輩のご飯に吸い殻を入れられてはたまらぬ。

 姉貴はというと煙草の根っ子近くまで喫われるが、それは時折灰皿から煙を立てて居るものを忘れてをられる様でもある。
 「況して里佳子さんは村上氏と御一緒されて居られる時は全く煙草を喫わぬから、喫わなきゃ喫わないでいられる女人なんだけどね。仕事場では上司の松永氏も部下の妹君も嫌煙家だからヴェランダで喫ってゐ、それをしてよく愚痴られているよ」
 「その謂いであれば我輩も嫌煙家であるのだが。然しあの妹は部下なのかい?姉貴より余程偉そうだ」