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 暑くなって来る。我輩には初めての夏という体験なのであるが姉貴は愈々趣味の悪い、これは柄がなのであるがTシャツにちぐはぐな色模様のズボンを穿いて仕事に出、父君は肌の色も透けそうな白いTシャツにハイカラな柄ではあるがすててこを召されTVに不吉なものが映るとチャンネルを変える相変わらずの日々だ。
 ベランダも暑いが外も暑い。此処の所、父君も昼間、我輩を外に出してくれるようになってゐる。
 「今日は好い所に行こうぜ」
 アニキが言う。まさか呪われに行くのではと思ったが暑くて青い空の下でそれはなかろう。思い切って付いて行く。姉貴の自転車も在る車ではない乗り物の屋根を通過して細い通路を抜けるとやたら草木が生えてゐる場所に出た。
 「ここん家は村井さんと云ってな猫を沢山養っているんだがそいつ等は外に出る趣味がなくて家ん中さ。偶に婆さんがおやつをくれらあ」
 「おやつって、君は家でおやつを貰っておらんのか?」
 「おやつは幾ら貰ってもいいものよ」
 その村井家は地面が土の庭と云うのが快適で、後々我家のリターボクスに飽きた我輩は其処をリターボクスの代りにするやうになる。アニキは心地良さ気に眠り我輩は生まれた公園を思い出した。残念ながら婆さんのおやつとやらにその日はお目に掛からぬ。

 「おい、白黒」
 その夜我輩が出掛けようとしたら、何と白灰のマルだ。
 「おい、マル君、行き成りの訪問は不躾ではないかい?」
 「いや、俺の話を聞いて欲しくてな。今なら糞虎も居らぬからちっと出て来いよ」
 出て来いも何も我輩は出る心算であったしマルの話とやらも聞かぬと只アニキからの評判を信じるのみでは不平等に違いない。
 「俺が喧嘩に強いのは森の爺が次から次へと猫を貰ってくるからさ。最近では白の兄妹を貰って来やがって俺の寝床を奴等に使わせてよ。そりゃあ殴ってでも蹴ってでも追い出したくなるのが道理ってもんだろ?すると爺は俺に不平で飯をくれねえ。大体マルなんて軟弱な名前を付けておきながら最近ではご近所の人間共に名も呼ばず邪魔者扱いさ。幸いあのいんてり屋の親爺とお前んちの2軒隣の牧野さんは事情を知っているから飯や水を誂えてくれる、爺も家に入れろと言えば入れちゃあくれるが飯も水も寝床もなしよ。いっそ不人情もいい所だ。で、お前は何て名なんだ?」
 「我輩はジョルジュである」
 「ジョルジュたぁまたハイカラだな。ハイカラな家族と居るのか?」
 マルの話に少々同情し、ジョルジュを理解した彼に我輩は此処に居る経緯を簡単に話した。怪談ではないのだから前ふりも行間も落ちもいらぬ事だ。
 「それは好い家に来たもんだな、一緒に暮らそうとして逝ってしまった亡霊の話も信じられる」
 「好いかどうかは解らぬが、然しマル君も喧嘩をしなければ良かろうに。アニキとも喧嘩したのかい?」
 「彼奴あ爺んとこの猫等の悪口を鵜呑みにしているだけよ」
 じゃあ仲良く出来そうな物である。況してこのマルなら若しかしたら我輩よりアニキの怪談の善き聴き手にもなれるのではあるまいか。