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 それは然し母君としては我が子が虐められていては助けに出るであろう。我輩を車道から連れ戻した母上と同じ事ではないか。
 「へえ。ジョルジュは母親の事を覚えているのか」
 「其れは当然だよ。マル君は覚えていないのかい?」
 「猫である限りは猫から産まれたんだろうが、気付いた時には兄弟とがさがさする袋に入れられて捨てられてたから母親なんぞ覚えてはいないさ」
 どうやらマルは産まれて直にそこの家の人間から捨てられたらしい。そして兄弟でがさがさして居る所を人間に発見され、次に気付くとぼんやりと昏い神社で虎の婆さんに声を掛けられたとの事だ。それは若しやすると亡霊が世話になったという虎のみーちゃんであるやも知れぬがここは黙って彼の話を聴く。
 「虎の婆さんは人間の薄情を話してくれ、明るくなった時にはそれでも然し薄情ではない人間が来るから待てとの事よ」
 「其れで来たのかい?」
 「ああ。そしてその人間の所に来たのが森の爺だ。で、俺が一番かあいいとか言いやがって」
 「確かにマル君はいい男前だ。我輩とて君を初めて観た時には別嬪のお嬢さんかと思ったよ。家の姉貴も君を女人と思うておる。その森の爺さんも君をさぞかし可愛がっておられように思うが」
 「だがあの爺は俺が大きくなるとまた小せえのを連れてくる」
 「我輩は思うのだが新しいのとも仲良くすれば好いんじゃないか?」
 「そんなしゃらくさい真似が出来るか?お前ならどうするよ」
 お前ならどうすると云われてもここは矢張り亡霊の云う様、我輩には想像力とやらが足りぬ。其れでも然し姉貴の気持ちが一寸でも我輩から逸れては面白く無い事はかの女がネットとやらに熱中するも不愉快であるから然ういうものかとも思う。亡霊の推測は今度にしておこう。

 「おい!白黒!」
 マルが去ったので車停めに出るとアニキである。また面白い怪談噺か。
 「やぁ、アニキ。怖い話かい?」
 「怖い話だと?怖いのはお前んちの姉ちゃんよ!最近ではイルザたらってコテハンが出てきて大暴れしてるってじゃねえか。啓介なんざ出る幕も無しよ!つら面白え」
 ネットというのは顔も解らぬ世界であろうに何故アニキやらその啓介君が我輩の姉貴を特定するのかがよく解らぬ。因みにコテハンとは固定ハンドルネームとの事で余程の度胸が無ければ名乗らぬ代物との事、姉貴はそれをは名乗っておらぬがなんでも「禿」として有名らしい。然しイルザとやらも気になる。姉貴が禿ならイルザは男でもおかしくはなかろう。
 「我輩にはよく解らんが姉貴は一体何をやってるんだい?」
 「猫族の援護よ。ネットにゃあ猫嫌いがそりゃ多いんだがそこに態々乗り込んで行ってはそうっと喧嘩を売っては炎上させてるぜ。啓介なんざ"でも猫は可愛い"程度の事しか言えねえがお前んちの姉ちゃんは法律だの持ち出しては気炎を吐いて、今ではそっちでは有名人のシカクとかいう猫嫌いの婆あのページにまで行って怒らせてるんだから大したもんだ」
 「然し、其が何で家の姉貴だと解るんだ?」
 「俺とお前が写っている画像とやらが、これは猫好きの連中の集まっている所に出てたんだと。それで啓介はびっくりよ!禿がご近所だと知ってよ」
 「君ん家の須磨子さんじゃないのかい?」
 「須磨子はオカルト専門よ。多分イルザってのも近所かお前の姉ちゃんの友達なんじゃねえか?」
 それは亡霊ではないか、と我輩は思ったが言わずにおいた。