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 「早く帰ってこないからどうしたかと思ったよ?あれは友達?ガールフレンド?」
 姉貴もあの白灰を女と思っておるようだが言うても解らぬことなので適当に答え飯の残りを食べた。
 飯と云えば姉貴は家に居る時、料理というのをやる。凡そ我輩の口には合いそうもない大蒜だの玉葱だのをオリフオイルやら胡麻油で炒めたり焼いたりしており、仕上がったものは肉や魚介や野菜に伊太利の麺だの中華の麺だのが添えられて居り父君は喜んで召し上がるのだが、これはかれが酒を飲むからで、酒を飲まぬ母君はただ召し上がるだけだ。
 母君としてはいっそおかずと白飯というオーソドックスな膳がお好みのようであるが、父君に付き合っておられる。文句を云うと叱られるからだ。
 そしてその夕餉の折、我輩は膳に着かされる。無理矢理動かされるのは不本意であるが、姉貴の
 「うわぁ、御馳走だねぇ!僕のはないの?」
 という台詞で父君の前に着く。
 「ハハハ!ないよ!ジョルジュのあの顔!よしよし、芙美ちゃん、何か出して。」
 劃して我輩はカニカマというお八つを姉貴ではなく父君の手から差し出される。これは美味いものではあるが、どうもかれの手から頂くのが気に食わぬのでぶら下がっておるのを引っ張って床に落として食べるのだが、父君はそんな我輩に破鍋の様な声で「愛してるよ!ジョールジュ!」などと御機嫌だ。

 「里佳子さんも気苦労が絶へないな。病んではおられぬが疲れてゐる」
 病んでおるかどうかは我輩には解らない。全く解らない。仕事を休んでも悪趣味な映画を観たり夜になると煙草も吸うし酒も飲む。部屋に沢山、これも片付けず散らかして居るCDという円盤やカセットテープという箱を機械に入れては音楽を流し、歌のあるものは一緒に歌ったりもして居、その傍らPCで悪態を吐いてみたり笑ったり。
 「若しかしたらかの女のやっておる事の全てが病ひなのかも知れないね」
 我輩が云うと亡霊は大きな目で笑う。
 「君はなかなか穿った事を云うな!確かにかの女を病んで居る事にしたのはかの女ではなくそれ以外の人間さ、先ず気の合わぬ人間がかの女を批判する。して病院に行けばそれが金儲けだから病気だと云いやたらと薬剤を処方する。するとその副作用でいよいよ疲れる。里佳子さんが病んでおられるのではなく、その様仕向ける周囲が悪辣だ」