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 「ハハハ、なる程、アニキ君家の須磨子さんというのはそりゃ奇妙だな!しかしまぁそんな物かも知れないよ。僕の先生は解釈の厄介な仏蘭西文学に尽いてよく独り言めく話掛けてくれたものさ。あと、心霊術や占星術にも凝っておられたから僕がこうして里佳子さんの傍に居られるのやも知れないね」
 「しかしそれなら君は亡くなられた先生の所へ行けば良かろう。何故姉貴の所にいるんだい?」
 「それは死んでしまった先生の所にも時々は顔を出してゐるさ。そして里佳子さんやジョルジュ2世や世間の話をしたりね。もう先生と僕は言葉が通じるからそれは愉快だよ。村上氏の話もするがそれには何時も先生呆れて居られる。そうだ、村上氏と里佳子さんの話をしてあげようか?」
 怖い話なのかと尋ねると亡霊は笑って思いもよらぬ話をしてくれた。
 「そもそもかの女の名を知ったのは、稲荷神社で僕を膝に乗せかの女が撫でてくれている時だった‥」
 そこに携帯電話が掛かって来、姉貴は歌うような声で「はい、里佳子です、村上さん」と応えたと云う。音楽に合わせても調子外れであるし、我輩に話しかけるも余り美声ではないのに歌う様とは謎めいた話である。
 しかし亡霊はそれを恋する声だと思い羨ましくも感じたものだが、後々死して亡霊となってからその里佳子と村上某の逢引きの様子を窺ったところその村上が先生の友人の老人であったのに驚いた。それもハイカラなジャグアァという銀色外車で現れた彼氏は先ずかの女を賛美して後、舶来のコオルガールの写真を見せそれがどこの国の誰であるかとかを話し、中には村上が一緒に写っているものもあったという。
 「それじゃ恋でも何でもなさそうに思うのだが」
 「そこなんだな。父君より年上の村上氏と里佳子さんは友達だったんだ。それも理由が有つて村上氏には息子が2人と孫がこれも男ばかり3人居って娘が欲しかったのさ。そして15年程前だろうか、偶さか友人と飲みに行ったラウンジでホステスをしていた里佳子さんと出会った」
 「ホステスというのは我輩もTVで知って居るが煌びやかな麗人の仕事だろうに!それは本当に姉貴かい?」
 「ハハ、煌びやかな麗人のようである時もあるよ、あの人には。そこで村上氏が何故このような仕事をしているのかと尋ねると、かの女が答えて"新しいマッキントッシュを買いたいのです"と。村上氏はマッキントッシュの愛好者であったからすっかり意気投合したわけ」
 マッキントッシュなら我輩も知って居る。姉貴の家に来た時は其のノォトを使っていたが、不具合が多いわ何やらでそれと敵対するウヰンというのにあっさり乗り換えていた。考えてみればその頃からちゃねらとかに没頭するようになった様に思う。