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 人間は精神だかが病む事があるらしくどこがどう痛むのかは解らぬが、姉貴は偶に仕事を休んだ。かといって大人しく寝て居るわけではなく何時もの休日のように母君の部屋でTVを観たりするのだが、これが普通の番組ではなくビデオという四角い箱に映画が入って居る。
 その姉貴の観るビデオというのが映像であり音響も伴って居る、漫画以上に悪趣味なしろもの。一緒に観て居ってあまり愉快でもないので我輩は外に出して貰った。父君がよく観て居るだらだら喋りの刑事物の方が余程にましだろう。
 さて外に出るとアニキを呼んでみる。大抵は車の陰でうつらうつらとして居、我輩が声をかけると如何にも面倒であり気に「おう」と応えた。
 然し可愛らしい友人を見せびらかして居たのは始めだけで、その後かの女の姿は見ない。こんな横着な男であるから社交を止したのではないかと我輩は考えて居る。大体からしてこの男には変な癖と云うかよく解らない趣味があるのだ。
 それはというと「怖い話」。アニキの話は上手いと言えば上手いのだが、現に亡霊と社交のある我輩としては亡霊が怖かない分、それを怖がる神経が余程解せぬ。況してやその話が実に怪体であり面白い位だ。
 「白黒、今日は‥おっといけねえ!」
 見ると白と灰の斑の猫族が車置き場の外からこちらを見ている。体つきはそうでもないが、尖った顔がなかなかの美形だ。
 「手前は来る場所を間違えるんじゃねえ、この名無しが!さっさと失せやがれ!」
 いきなり大声で威嚇するアニキに彼女は澄ました様子で去って行った。
 「あいつぁ性が悪くて森さんの家から追い出されたような奴よ。厚かましくていけねえ。」
 そんな物かと思いつつもその日はアニキもさっさと去ったので我輩も家に向かったのであるが、なんと白灰の君が付いて来ておる。
 「ふん、お前は糞虎の弟分か?」
 美形と思うたらなんともがらっぱちな男で、これはアニキが我輩を美形と見損じてがっかりしたのも理解出来た。
 「そういう訳ではないが。」
 「じゃあ俺の弟分になりな、この近辺で一番腕が立つのはこのマル様よ。糞虎は声が大きいだけで碌なもんじゃねえ。」
 「そうかい。」
 我輩がそう言った時、幸いにも姉貴がドアにやって来たのでマルは去った。