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 「君が母上に何も出来ないなんていう考えは愚かだよ。母上は君を愛しているのだから何もそれへの返礼など求めていないさ。そんな卑しい考えは愛じゃないさ。例えば今、里佳子さんが君に何かを求めてなどいないだろう?よくってたくさんご飯を食べて水を飲んでリタボックスで片付けをするくらいだ。」
 そんな物であろうかと我輩は何とはなしに虚脱した。しかし考えてみれば父君にはよくして貰って居るが余程近寄らない。アニキとの社交もいい加減なものだ。
 「ところで君、里佳子さんではないぜ?かの女の本当の名は芙美さんだ。いろいろと勉強させてくれるが意外と知らぬのだな?」
 「そんな事はどうでもいいんだ。君をこの家の母君がみーちゃんと呼ぶ、それで納得する、そういう事が人間の世間にもあるのさ。偶の金曜の夜、かの女は正装して出掛けるだろう?あれは村上氏という人物と会う為で、その村上氏が里佳子さん、と呼ぶんだ。かれは里佳子さんを愛するというより愛玩してゐるくちだが、そこには友情というものがある。」
 「それと君とどう関係があるんだ?里佳子と呼べと言われたのかい?」
 亡霊は考え深気に溜息を吐くと姿を消した。

 里佳子の謎は気になるが、我輩としてはやはり姉貴が気になる。
 かの女は帰ってくるとずるずるとした衣装に着替え、部屋の机に向かって明かりを発するものを開いては勝手に食べ勝手に飲み勝手に煙草を喫いながら眉間に皺を寄せてみたり口元に手をやり笑いを隠してみたり。これはTVとは違いPCと謂い何らかの通信をしているようだ。
 あと本をよく読んで居るが、どうも漫画という品下れる絵書物のようで、我輩も見たがどうも剣吞なしろもの、やたらと目付きの悪い人間の男が出て来ては暴力沙汰に及ぶ。姉貴としては何が面白くて斯様なものを読むのかは解らぬが、偶にPCに向かって「この馬鹿!」「私に喧嘩を売るのは1万年早いってのゲラゲラ…」などと訳の解らぬ喧嘩をしてをる事からして、実は暴力的の女人なのやも知れぬ。
 而して通信の喧嘩に満足したかの女はベッドに横になり、これは文章の本を読みつつ早々に眠る。我輩はその足元を護るばかりだ。