ムスク路地.4/『私のお気に入り』

「だいたいお前の姉ちゃんなんざネット弁慶よ!」
「何だと!」
 灰色虎ダニーに俺は食って掛かったが奴はニヤニヤして横たわった。俺を好きなのか舐めてかかっているかのどちらかに違いない。

 仔猫たちへのアピールは無視された。
 しかし放っておくと地域猫活動家・林田に捕獲されてしまう可能性が大きい。さしもの愛猫家たるわたしでも彼女の訴える「猫の権利」には頷けない。認めるべきは猫を愛する人間の権利だろうに‥その上林田はわたしの2軒隣に部屋を持っているのだが、そこはケージ(檻だ)をジャングルジムのように置き捕獲した猫を管理している。訊くと「里親が決まらない子たちの仮住まいなんです」らしいがそんな所に押し込める位なら地域猫としてその地域で世話してやれば猫も幸せではないかと思うのだけれど言う気はない。
 こういうヤツはどう反撃してくるか解っているから…だから仔猫たちの噂が彼女の耳に入らない事を願うばかりだ…

「ネット弁慶とはどういうつもりで言ってるんだ?姉貴は確かにネットをよくしているが、偉そうになんてしていない」
「茶虎のバッキーに聞いたが偉そうにしているらしいじゃないか?それも猫擁護で。しかしさっき見たとおりだ。お前の姉ちゃんの言う事なんて誰も聞かない」
 確かに姉貴は仔猫の飼い主がいるなら何とかしてやってはどうかと大声で言っていたがインドマンションの扉はそれを合図かのように閉まった。しかしそれは住民の仔猫への無関心が悪いのであって姉貴が悪いのではない。
「それをネット弁慶って言うんだわ。お前の姉ちゃんの言う事なんかリアルライフでは無視されて終わりよ」
「じゃあお前は猫が酷い目にあってもいいと思っているのか?」
「俺はここの4階のルビー・トレーダーのサワネさんにルビーのように飼われているから知った事ではないよ」
 ルビーときた。どうせ姉貴の目にかかったら凡そニセモノだろう。
「俺の姉貴はソーティング(石の鑑定)も出来るぜ。以前ルビーと売りつけられそうになった石をサファイアと見抜いた。お前も用心する事だな」

 ところでわたしの猫は『サウンド・オブ・ミュージック』で流れる"MyFavoriteThings"が好きだ。余程音楽に関していい耳を持っているに違いない。
『私のお気に入り』…これは実に名曲だけれど一部のジャズ・ファンはこれをコルトレーンのオリジナルだと思っているから馬鹿だ‥トレーンのアルバムが映画より前だとか物知らずにも程がある。大体『サウンド・オブ・ミュージック』はミュージカル劇であって映画化はもっと後の話だ‥
「でもコレが有名になったのはトレーンのだろうが」
「ハハ、有名になったかも知れないけどマッコイの単調で暗いピアノときてはどうよ?」
「ちょっと待て。マッコイをディスるのは許さん」
「そうか?ショーター初期の名盤でもマッコイが弾いてるのは‥

 姉貴は喧嘩が好きではないと思うが‥イザとなったら黙っちゃいない。