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 「そしてこれがその時の様子を描いた里佳子さんの作品さ」
 亡霊は四角い板のような物をちゃちゃっと撫でると斯様な画像を見せてくれた。然し作品は言い過ぎであらう。姉貴の読んでいる暴力漫画の方がこれならいっそ上等に見える。絵の拙さもであるがかの女は手書きで文章を書くのも仕事の内であらうし偶さか気が向くと村上某にも手紙やらカァドやらを書いてゐる、しかしこんな字を読まされる方は堪ったものではなからう。
 「処で何だいそれは?」
 「だから里佳子さんが」
 「違う、その板の事だ」
 ああ、これ、と彼は板をしてそれがタブレットと云う物でPCではないがネットが見れるとの事、先生の生意気な孫から盗んで来たのだと自慢する、然しそれこそ冒険の様に思えこの時から我輩は亡霊を亡霊君と呼ぶ事にした。
 「なかなか上手いものじゃないか?里佳子さん」
 「そんな物、上手かないだろう。姉貴はデザイナーの筈だ」
 「それは知って居るが自分の危機を上手く漫画にしているよ」
 そんな物かどうか我輩には解らぬ。然し如何して廃墟に成ってからのホテルに松野君とやらと行かなかったのかが疑問だ。
 「松野君はとうに結婚して居、里佳子さんに付き合う暇などなくなったんだらうさ。御呪いに使った樹も大震災で倒れたんじゃないかなハハハ。里佳子さんのアパートメントも先生の家も無事だった様だけど地獄のような有様だったらしいからね」
 「震災の話なら聞いてゐる、姉貴の部屋が混雑しているお陰で部屋が無事だったとか」
 「それは屁理屈だな。方角が良かっただけさ」
 然し我輩としては冒険よりも松野君の薄情を感じる。山登りして迄誓った友情を無効にしてしまうとは姉貴が可哀さうに思えて仕方ない。桜の実の種を埋めた樹が倒れてしまったのならそれも無常ではあらうが。
 「おい、亡霊君、君も亡霊ならここは一つ松野某に禍を為してやれよ」
 「待て待て。先ず彼を裏切ったのは里佳子さんの方だぜ?かの女は松野君の幸せを祈りこそすれ呪ってやろうなどとはこれっぽちも考えていないさ、彼の事を思いだすも稀だ。かの女は彼の音楽を認めていなかった所か馬鹿にしていたし他の人物に興味を抱く事も多かった。君が松野君の立場に成れば里佳子さんこそは非情であると知るだろう」
 「そんな物かね」
 そんな物さ、と亡霊君はタブレットとやらを触ってゐる。
 「其より君はアニキ君に怖い話の返礼をしてやりたいと考えているね。里佳子さんの冒険はまだまだあるが彼の思う怖い話じゃないので僕が何かこいつで探してやるから話してみろ」