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 「しかし里佳子さんも物を片付けるという気はさんさらなさそうだなぁ。」
 姉貴(姉さんは似合わないので姉貴にする)が自分の部屋を出入りするにも上手くないのは物が沢山あるからだ。その折我輩が横になって居った硬い生地のズボンも昨夜脱いでベッドの上に放置したままのものであるし、どうも次から次から出しては着、洗っては放ってある。本にしてもどこからか持ち込んで来、読んではその侭なのであろう、山のように積んである。このような也弥子しい部屋はここだけだ。亡霊のジョルジュは笑いを堪えている様子だ。
 「本や服やらを何処から持って来ては片付けないのだろう?」
 「片付けるのが下手なのだろうね。本棚に本を片付けようとしてもその扉の前にまた本だ。」
 「どければよかろうに」
 「どけた本やらをどこに置くかを考えるも億劫なのだろうさ。仕事場でも同じ様子で、叱られるやこれは給料の問題あろうから片付けている素振りをしているけど、なんのなんの空いている棚やらに押し込んで隠しているだけだよ。」
 亡霊は各種様々な能力がある様で、里佳子さん里佳子さんと言い乍も観察してはいらぬ告げ口もする。
 だいたいほれ、とかれは顎を勺ってベッドと電気ピヤノの間から見える椅子を示し「あの椅子の下にある黒い本などバタイユの名著であるのにノォトやらに埋もれてゐる。君はバタイユを知らないのではないかな?」
 名著というからには本を書く誰かであろうが見た事も聞いた事もない。
 「バタイユこそは実に稀有な哲学者で、その名がジョルジュだ。先生が僕にかれの名を付けたのは僕が実に禁欲の徒であり且つ冷静で蕩尽などしないくちだったからなんだよ。」
 蕩尽とは解りかねるので尋ねてみるや「無駄遣い」の謂いで人間はエロテイシズムという感覚に依って冷静さやを見失いその生を無駄にするとの事だ。エロテイシズムというのはぴんと来なかったが、確かに姉貴は煙草を呑んだり酒も飲む。どちらも嫌な臭いがするし煙と液体では栄養になどなりやしないから無駄遣いだ。
 「ハハ、君はなかなか言うな。しかし、実際の所、里佳子さんはエロテイシズムに最早無縁であるから煙草や酒など赦してやるがいいさ。」