昭和の夏と平成の夏

 今日から8月。今年ももう後残す所5か月…月日の経つのは早いな、そりゃ年もとろうかというもの…なんて辛気臭さは今でこその感覚な訳であって、昔の8月はもっと違っていた。暑かったけどこんなに暑くなかったような気がする。小学校の頃のマスト夏休み課題だったラジオ体操で汗をかいた覚えもない(まぁ朝6時半だか7時だかのイヴェントだったというのもある?)。兎に角、夏はもっと楽しいシーズンだったように。
 ところで右画像。この独特な画風にレコードジャケットや本の表画で知っている人も多いと思う、矢吹申彦氏の作品。
 中学の頃、先日ちょっと触れた伊丹十三のエッセイに出会ったのも大きければ『女たちよ!』の表紙イラストを描いている矢吹申彦というイラストレーターに出会ったのも大きいと思う。アンリ・ルソー風の謎めいた画風なのだけれど、その当時わたしが知っていた矢吹氏のイラストは概ね夏だった。だのにモーニングの紳士(?)が立っていたり爽やかというのでもない不思議さ(JAZZが好きな人なら『ジャズ批評』という雑誌というか本(?)でたまに出会っているかも知れない。和田誠の方がまぁ表画カラーなので目立つけれど、中にちょこちょこ仕事がある)。
 
 そんな矢吹氏のイラストのような「真夏の不思議」みたいな空気が昔はあったように思う。まぁ学生時代は夏休みというものがあって暑いとかどうとかよりもワクワクする事が‥特に中学時代に‥多かったから思い出すのは暑さより出会った事々なのかも知れない(高校1年の夏からのアメリカでの2年間は全く空気も違っていたのでおいておく)。そして専門学校時代もその後デザインスタジオに勤めてからも矢張りこれも忙しくって暑さを感じている暇がなかったのかも知れない。そしてそこそこ大手のメーカーに勤めるようになってからは沢山の人と付き合わなくてはいけない事になって季節も何も無かったようにも…ただそういえば夏に入院した事があった。暑さのせいではなく交通事故なのだけど‥しかしそれが実は誤診の結果だったり(骨折のハズが骨折などしていなかった)。

 そのメーカーも辞めたり引き戻されたりで結構長い付き合いだったのだけれど、昭和天皇が崩御されたのはその頃だった。これは寒い時期だったけれど通勤路にある阪急百貨店とそのアーケードが真っ暗で喪章を掲げていたのはよく覚えている(映画『ブラック・レイン』にそのアーケードが出て来るのを観る度に思い出す)。その頃から…バブル景気も下り坂でメーカー内部の組織改編云々があったりして1、2年後にはキッパリと辞めて、接客業に転職()した…若しかしてその頃から「暑さ」を感じるようになったかも?何故なら夏場のご挨拶としては「暑い中、ようこそ」。そしてまたアクセサリーの企画・デザインの仕事に就いたのだけど、そこの上司が暑がりで「暑い暑い!」の連発…

 その頃、よく聴いたのがこの曲。バンド名=DOGS DIE IN HOT CARSというのもアレですが‥でも当時、FM802のヘヴィロテだったこの曲はスカビートもあって好きだった。

 今日も本当に暑い‥でもマイ猫ジョルジュが微妙にクーラー嫌いなので悩ましい所。